世界王者として今年を有終の美で締め括ったのは織田夢海「ワールドスケートボードストリート世界選手権2023東京」女子決勝
パリオリンピック予選大会でありながら今年の世界チャンピオンを決める大会である「ワールドスケートボードストリート世界選手権2023東京」の女子決勝が、東京都江東区有明の有明コロシアムにて2023年12月17日(日)に開催された。
今大会は今年(フェーズ1)のパリオリンピック予選大会の中では一番ポイント配分が多く、海外勢はもちろんのこと先日掲載した見どころ記事でも言及したように、大勢の選手を世界ランキング上位に輩出している日本は各選手たちによる日本人別の世界ランキングトップ3争いが激化する展開となった。今回は東京オリンピック金メダリストである西矢椛や銅メダリストの中山楓奈、最近怪我から復帰した実力者である赤間凛音、先月の日本選手権で優勝した織田夢海を含め世界ランキングのトップランカーたちが大集合。一方で海外からは主要国際大会表彰台常連選手のブラジルのライッサ・レアウとオーストラリアのクロエ・コベルなど世界トップ選手たちがここ東京に勢揃いし今年の世界一の座を争う戦いが繰り広げられた。
本決勝は全73名の出場者の中、予選・準々決勝・準決勝と狭き門を勝ち上がった合計8名で競われる形に。今大会のスタートリストはチェンシー・チー(中国)、吉沢恋、 西矢椛、赤間凛音、ライッサ・レアウ(ブラジル)、中山楓奈、織田夢海、クロエ・コベル (オーストラリア)の順となり、過半数が日本人選手という展開となった。
決勝フォーマットはオリンピックルールに基づき、45秒間のラン2本に加えてベストトリック5本へトライする中から、ベストスコアであるラン1本とベストトリック2本を合わせた計3本の合計得点として採用される形。なお今大会の特設コースは高低差を利用した流れるようなデザイン設計。その中でも中央の9段の大きなステアからは、わずかワンプッシュほどしか入れられない短いストライドで次のセクションへ進入することとなり、またハバレッジからダウンレールまで全てのセクションが同じ向きに設置されていることで、 特にランに関しては一連の流れを滑り、反対側から戻ってくる際にどんなトリックをチョイスするかがスコアを左右する戦いになった。
大会レポート
【ラン1本目】
世界選手権のような大きな大会であればあるほど、ここで良いスコアを残せるかどうかが精神状態を左右し、その後の展開を有利に進められるかが変わってくるラン1本目。オリンピックルールではラン2本目のうちの良い方のスコアが採用されるため、余裕を持って2本目にトライするためには幸先良いスタートを切ることが重要視される。そんなプレッシャーかかる中でも早々にしっかり80点台の高得点を残したのが優勝候補筆頭である西矢椛とライッサ・レアウだ。
誰が最初に高得点を残して大会の流れを作るのかが注目される中でその突破口を開いたのは西矢椛。どのトリックにも力みがなくリラックスしたスタイルでライディングするのが魅力である西矢は、中央のハバセクションで決めた「バックサイドスミスグラインド」を皮切りに、「ヒールフリップ」のフリップトリックなどをメイクしていき、中盤では彼女の代名詞の一つと言っても過言ではない「バックサイドクルックドグラインド to ノーリーヒールフリップアウト」を決めて会場を沸かし、見事フルメイクでランを終えると82.15ptをマークした。西矢は準決勝のベストトリックにてラストトリックを決めていなければ決勝には進めていないような調子だったため、決勝ではうまくリカバリーした様子が見受けられた。
そんな西矢の得点を超えて見せたのは昨年の世界チャンピオンであるブラジルのライッサ・レアウ。西矢と同じ「バックサイドスミスグラインド」を中央のハバセクションでメイクし、ランをスタートさせると「キックフリップフロントサイドボードスライド」や、女子では唯一彼女しか見せなかった「トレフリップ」など高難度トリックを決める。準決勝で本調子ではなさそうだった彼女が決勝では流石の修正力を見せた。大会全体を通して調子を上げていく様子は、世界最高峰の舞台で結果を残してきた彼女だからこそ為せることだと感じさせられたランだった。
【ラン2本目】
西矢やレアウのように1本目から高得点を残す選手がいる一方で、ミスやトリックチョイスから思うように得点を伸ばせない選手もいる中で迎えたラン2本目。全体的には1本目でフルメイクした選手ほどミスをして得点を伸ばせず、1本目でミスした選手ほどしっかりまとめて得点を伸ばしており両極端の展開のイメージを受けた1本だった。
1本目では先にライディングした西矢とレアウのプレッシャーを受けたのか、フルメイクできないでいたのは今年の全日本チャンピオンである織田夢海。しかし2本目では見事修正し、さらに1本目では入れていなかった「キックフリップフロントサイドボードスライド」を加えて、彼女しかできない「フロントサイドクルックドグラインド」などを決め切りランをフルメイクで終えると、ベストスコアを84.22ptへ引き上げて決勝ラン最高得点を叩き出し最高の流れでベストトリックを迎えた。過去のワールドスケートボーディングツアー(WST)4大会中3つの大会で表彰台に上がっている彼女はここ世界選手権でも絶好調な様子を見せた。
一方で対照的になったのは、今年開催された「SLS TOKYO」と「SLS SYDNEY」で優勝し、一気に世界の女子ストリート界の中心人物となったオーストラリアのクロエ・コベル。準決勝を1位通過し今大会の優勝候補として注目されていた彼女は、ラン1本目にレッジセクションで「フロントサイド50-50グラインド to キックフリップアウト」でミスし得点を伸ばせないでいた中、優勝争いに食い込むために1本目でミスした「フロントサイド50-50グラインド to キックフリップアウト」や9段の大きなステアでの「キックフリップ」なども決めるも、中盤で不運にもプッシュでつまずきタイムロス。
その後急いでランに戻っていればあと1トリック入れられていたであろうが、彼女の課題のメンタルが大きく影響したのか一度止まってしまった。スコアは1本目を上回るも62.70ptとなり、優勝争いに再度食い込むにはベストトリックで15点以上が必要となる展開にラン終了後には悔し涙を見せるなど、観客たちも胸が苦しくなるような一面もあった。
【ベストトリック1本目】
ラン2本を終えた時点で比較する優勝候補によっては大きく点差がつき、どのようにベストトリックで巻き返してくるかが注目された中で迎えた1本目。今年のシーズン通して言及していることではあるが、ランセクションで高得点を上げることが非常に重要だということは今大会でも見て取れた。
各選手が80点台を残す中でまず85点オーバーをしてきたのはレアウ。正確な「キックフリップ・フロントサイドボードスライド」をメイクすると86.84ptをマーク。その流れに続くトリックを見せたのは準決勝1位と2位で通過した織田とコベルの2名。織田が「バックサイドオーバークルックドグラインド」で86.73pt、コベルがハバセクションで「フロントサイド50-50グラインドキックフリップアウト」を決めると87.79ptというスコアをマークし次のトリックに繋いだ。
【ベストトリック2本目】
2本目ではベストトリックの感覚を掴んできたのか全体的にトリックをメイクした選手は1本目のスコアを伸ばしてくる高難度トリックをチョイスした印象。そんな中でまず85点オーバーに乗せてきたのは吉沢恋。1本目のレアウのライディングを基準にしたのか同トリックである「キックフリップ・フロントサイドボードスライド」をハンドレールでメイクして86.17ptをマーク。
そんな吉沢に続いたのはベストなライディングはできていない様子ではあったものの手堅くスコアを残した西矢。ここでも彼女の持ち味である「フロントサイドクルックドグラインド to ヒールフリップアウト」をメイクし83.46ptとした。
そして西矢の次にライディングし1本目を上回るトリックをメイクしたのは赤間凛音。今年は夏に大きな怪我を経験し国際大会への出場は怪我から復帰以来初となったが、ここでは彼女の代名詞である「バーレーグラインド to フェイキー」をメイクして、ベストトリック1本目の84.01ptに続く85.58ptをマークした。
しかし、彼女たちを圧倒する形で高難度トリックを見せたのがレアウ。余裕な表情でメイクしたのは「キックフリップバックサイドリップスライド」。軽々と決めて見せたそのトリックには本決勝で初の90点台である90.91pt。彼女のこのトリックの成功がさらにこのベストトリック争いに火を付けたのは間違いない。
【ベストトリック3本目】
レアウのビックトリックが飛び出した2本目を経て迎えた3本目では、各選手が攻めたトリックチョイスを余儀なくされ、プレッシャーを感じ始めたのか各選手が超高難度トリックにトライするもミスが続く展開に。そんな3本目で唯一メイクしたのは中山楓奈。彼女が得意とするクルックドグラインドを派生させた豪快な「バックサイドオーバークルックドグラインド」をバッチリ決めて86.06ptをマーク。今大会ではあまり自身のベストライディングはできていないように感じられた中、周りのミスにも左右されず決めてくるところはさすが数々の国際大会で好成績を挙げている中山だからこそできることだとも感じられた。
【ベストトリック4本目】
ベストトリック合戦も後半戦となり表彰台の座を盤石にしておくにはここでベストスコアは残しておきたい4本目。ここで繰り広げられたのは本決勝最高のベストトリック争いだった。3本目と同様にほとんどの選手たちがトリックに失敗する中で見事を見せたのは織田とコベルだった。
まずこの4本目で暫定1位に大きくジャンプアップしたのは織田。3本目までの時点では採用されるスコアがラン2本目とベストトリック1本目だけであり表彰台圏外だった彼女は2本目・3本目でトライしていた「キックフリップフロントサイドフィーブルグラインド」をここで完璧にメイク。メイクした瞬間に会場は歓声に沸き、それまで暫定1位だったレアウも口を開けてビックリするほどの大技で決勝最高得点の94.80ptをマークした。
そんな織田に続いたのはコベル。決勝ではランで思うようなライディングができず厳しい展開でベストトリックを迎えた彼女だが、距離のある9段のステアで「スイッチキックフリップ」をメイク。これもまた織田に続く超高難度トリックでありメイクしたときに一番驚いていたのはコベル自身だった。会場も歓声に包まれた中、ジャッジが付けたスコアは94.62pt。この後の5本目では織田と同じ「キックフリップフロントサイドフィーブルグラインド」にトライするも失敗。ランのミスを大幅に取り返してきた彼女だったが3位と0.6ptほどの差で表彰台を逃した。
【ベストトリック5本目】
4本目を終えた時点でのトップ3は織田、レアウ、西矢の順となり、この最後の一本でこの3名の順番がどう入れ替わるか、もしくはまた4位に迫るコベルや他選手が彼らを引きずり下ろすのかが注目となったが結果としてはそのままトップ3の順位は決することとなった。
その一方で、ベストトリックをずっと決めきれないまま同じトリックにトライし続け、最後の1本で高得点を残したのは中国のチェンシー・チー。終始中央のハバセクションにて「キックフリップフロントサイド5-0グラインド」にトライし続けたが、ラストトリックでランディングに成功した。ボードの前タイヤがレッジについてしまったことから「5-0グラインド」ではなく「50-50グラインド」として判断され、想定よりも少し得点を落としたが、それでも89.44ptという高得点をマークした。チーは弱冠13歳でありながら今年開催されたアジア大会の優勝者。今回は表彰台に食い込むことはなかったものの、今後は日本人選手勢を脅かすアジアの強敵になる可能性も否めない逸材のように感じられた。
またチーに続いて5本目のラストトリックをメイクしたのは吉沢。彼女が最後に選んだトリックは「ハリケーングラインドtoリバート」。自身のベストスコアを上回る87.88ptをマークし自身の最終順位を5位まで引き上げた。
その後はそのまま暫定4位以下の選手によるトップ3への追い上げもないまま、トップ3の織田、レアウ、西矢の最終トリックへ。最初にトライした暫定3位の西矢は、コベルが2本目で見せた9段のステアでの「ヒールフリップ」で86点台を出したのを見て、同じく西矢の得意トリックでもあることから果敢にトライするも練習ではほとんどビッグステアではやっていなかった影響か、3本目からトライし続けたが着地が合わず決めきれなかった。今回は3位という結果となったがこの成績によって依然世界ランキングトップを維持することとなり、パリ五輪最有力選手ということは変わらないままフェーズ2を迎える。来年、彼女がどんなパフォーマンスを見せるのかが楽しみだ。
そして次は暫定2位のレアウのラストトライ。レアウも西矢と同じく3本目からは「キックフリップフロントサイドブラントスライド」にトライし逆転を目指すも、ラストトリックでも失敗し点数伸ばせずに2位で大会を終えることとなった。今年は先日行われた「SLS SUPER CROWN WORLD CHAMPIONSHIP」で優勝するなど強さを見せた年だったが、WSTシリーズでは2年連続で世界チャンピオンの座を守ることはできなかった。
最後は全日本選手権の時の同様に1位の座を守り切り、ラストトリックをウィニングランとした織田夢海。おそらく今年一番順調に結果へつなげてきた選手はこの織田であると今までの戦績を見て感じる。このWSTシリーズでも過去4大会のうち3度の表彰台を獲得。そこからの全日本選手権での優勝、そして今回世界選手権での優勝と来年へのさらなる活躍を期待させる結果を残した。また今回の優勝をもぎ取ったベストトリックが、以前の全日本選手権で決めたキラートリック「キックフリップフロントサイドフィーブルグラインド」だったことも非常に感慨深いものがあり、彼女にとっても初めての世界チャンピオンを獲得させてくれた思い出深いトリックになったことだろう。
そんな織田が優勝を勝ち取った一方で見逃せない部分もある。今回2位となったレアウは「キックフリップフロントサイドブラントスライド」という女子では誰も成し得ない武器を持っているので、もし今回も決めていれば織田の優勝は危ぶまれただろう。またコベルもランセクションで一度崩れた際には立て直しが難しかったが、ベストトリックでは見事復調しランを失点を大きくカバーし4位までジャンプアップ。また最後のトリックを決めていれば表彰台も届くというスキルはもちろんメンタル面での大きな成長も見せた。
この2名が、今後も織田や西矢をはじめ日本人選手たちと金メダルを争う最大のライバルという事実は変わらない。来シーズンも彼女たちとの熾烈な戦いを見るのが楽しみになる一戦だった。
大会結果
優勝 織田 夢海 (日本) / 265.75pt
2位 ライッサ・レアウ(ブラジル) / 261.90pt
3位 西矢 椛 (日本) / 245.76pt
4位 クロエ・コベル (オーストラリア) / 245.11pt
5位 吉沢 恋 (日本) / 242.45pt
6位 赤間 凛音 (日本) / 241.95pt
7位 中山 楓奈 (日本) / 239.61pt
8位 チェンシー・チー(中国) / 138.43pt
最後に
筆者が個人的に今大会で印象に残ったのは、今回の世界チャンピオンの座の獲得を経て見えてきた織田夢海の今年の歩みだ。各選手が年間通してアップダウンのあるシーズンを過ごしてきた一方で着実に結果を伸ばしてきているのは彼女だと思っている。
女子カテゴリーにおいても競技レベルが各大会ごとに向上しており、新たなタレントの出現など常に厳しい戦いになる中で、成績を伸ばしていくというのはトップ選手であってもなかなかできるものではない。ただそれを彼女は体現して見せた。盤石な土台を作りながらも勢いのある彼女の来年の活躍も期待していきたい。
そして来年というワードが出たためここで言及しておくが、今回日本人選手たちが5名も決勝進出を果たしたことでパリオリンピックへの代表枠争いが更に激化することとなった。今回の世界選手権の結果を経て、現在の日本人別世界ランキングはトップが世界ランキング1位で西矢椛、そこに続く形で織田夢海(世界ランキング3位)、赤間凛音(世界ランキング5位)、中山楓奈(世界ランキング6位)、吉沢恋(世界ランキング7位)、伊藤美優(世界ランキング10位)という形でトップ10に日本人が6名もいるという超接戦となっている。
そんな中、つい先日パリオリンピック予選大会のフェーズ2の大会のポイント配分が発表され、なんと最後の2試合に関しては一発大逆転が起きうる超高得点配分がなされている。またフェーズ2での戦いの焦点を含めた詳細のまとめや注目ポイントに関しては追って記事化できればと思うが、とにかくフェーズ1が終わったからと言ってパリオリンピック代表枠獲得争いが落ち着くわけでもなく、ここからさらに勢いを増すということだけを言及しておきたい。来年のパリ五輪予選大会のフェーズ2も楽しみだ。
●今日 ○イベント開催日